看病で交わった本心

「教室・模擬披露宴」を舞台に織りなす二人の物語

(この物語に登場する教室や模擬披露宴は実在しますが、
登場する人物・ドラマは創作です)


東京話し方教室外伝

目次付き

プロローグ 魅せられたスピーチ原稿

9月最終土曜、合同講義の日。
この合同講義は修了生も参加自由の場であり、その人たちに会える。そしてスピーチが聞ける。
修了生の私にとってはそれが第一の楽しみ。

1分スピーチの課題は「デート」だった。この合同講義は普段の教室のと少し趣が違う。(普段の教室は「好きなこと」や「泣いたこと」等々個人的なことが課題になり、合同講義は「風」「駅」等々名詞的になる。)そういった面で新鮮に聞ける。それが第二の楽しみだった。

講義開始直前、会場前で私はスピーチ原稿を拾った。それを読む間もなく講義は始まり・・誰の原稿か分からないし・・私は鞄に原稿を入れたまま忘れていた。
講義が終り、帰宅途中の電車の中でそれを思い出し取り出した。字体は女性のものであった。

タイトル「看病で交わった本心」
原稿は要点列挙で単語だけが書き出されていた。
「模擬披露宴、風邪、熱、欠席、看病、氷枕、本心、見透かされて、涙、回復」
そして、結論部分だけは文章になっていた。
「この後、先生はじめ同期生の女性たちも吉村の優しさを知るに至る。しかし、一番早くに、そして一番深く彼の優しさを知っているのはこの私なんだ、と密かに優越感を抱くのだった。(終わり)」

1分にしてはちょっと長いかな?という気がしたが・・・結論部分は微妙な心理だ。
これは誰の原稿だったのだろう?昼のスピーチでこの話をした人はいない。もし話されていれば聴衆みんなが引き込まれるスピーチになったろうに・・・。でもやっぱり人前で語るには抵抗があったんだろう?と想像しながら、この原稿に至ったドラマに強く惹かれた。そして調べた。

 教室掲示板(HP上に各期生の掲示板がある)やこれまでの各クラスの模擬披露宴の状況等から、誰の話だったか察しがついてきた。先生や彼女の同期生から話を聞いたり、あるいはスピーチをたどっていくと、一つの線に繋がったドラマが見えてきた。その線を文として残そうと思う。

1 出会いはエレベーターから

(遡ること10ヶ月)11月6日(土曜日)秋葉原教室開校日
吉村巧己は体験教室を申し込んでいた。
時間を気にする質で、いつも早めに着いてしまう。この日もそうだった。
開始2時のところを1時間前に到着してしまった。”チト、早くつきすぎたなぁ”
受付の表示では3階になっていたのでエレベーターに向かった。

そこには先に待っている艶やかな女性が・・。
女性「話し方教室ですか?」
吉村「そうです。吉村と言います。どうして分かりました?」
女性「そんな雰囲気してますから・・」
・・・・エレベーターが開く。
吉村「ところで、貴方も話し方ですか?」
女性「そうよ。嶺井って言います。よろしくね」
吉村「こちらこそ。同級生になるのかな?」”きれいな女性が同級生なのは大歓迎、とぬか喜び”
嶺井「ん〜。それが違うの、私は1ヶ月先輩よ。今日は補講なんだぁ」
吉村 ”残念!”という気持ちは隠して
   「そうなんだ?どうりで教室に詳しいと思いましたよ。」
・・・そうこうしているうちに、会場に着く。・・まだ、誰もいなかった。

2 2人きりに緊張して

嶺井「先生、まだだね。」
広い部屋に2人でいるとなんだか緊張してきた。2人は離れた席について黙ったまま、先生を待った。時間にして5分程だったが吉村にとっては1時間に思えた。
先生入室。
先生「峰井さん早いわね。」
峰井「先生が遅いのよ!」
先生「ゴメンゴメン。あなたは・・・吉村さん?」
吉村「そうですけど。何で分かったんですか?」
先生「申し込みのメールからどういう人かイメージするもので・・・なんとなく・・それより、席は前に座ってね。峰井さんも」
こうして二人は最前列真ん中で隣同士にさせられた。
吉村(内心)”ラッキー(^^)”といいたいところだが、緊張感でそういう気分に浸る余裕はなかった。

教室は、最初に3ヶ月の進め方を説明された後、いきなり自己紹介を1分で行った。この1分は後ろで時間を計っているアシスタントがいて、時間になると札を上げる。これは結構な圧迫感だった。

授業が2時間ほど経過した時点
先生「皆さん、ここは話し方教室です。まずは隣の人と話すことが大切です。これから挨拶も含めて1分間話し合ってみてください。」

吉村は、先ほどの自己紹介のスピーチを思い出しながら話し始めた。
吉村「こんにちは・・。峰井百合子さんね。峰井さんは大宮出身なんですね。埼玉の方は行くことが少なくてですね。・・・・」
百合子「巧己さんですね。初っ端からみんなを笑わせる自己紹介でしたね。すごい。仕事は”東京湾景の和田です。”なーんてあのフォークリフト乗り回している男、イメージが焼き付いちゃった。ところで、仕事忙しいの?」
吉村「いや、実は先月に辞めちゃったんで・・・自由時間は無限大かな?」
百合子「そう、あなたも候補ね」
吉村「なんのこと?」
百合子「あ〜、こっちの話し・・・」

先生「ハイ、1分経ちました。皆さん、堰を切ったように話し込んでいましたね(^^)」

・・講義修了・・
その後、飲み会があったが、百合子は吉村とは離れたところに座り話すことはなかった。彼女は初対面でもすぐに話しが出来るらしく両隣や向かいと盛り上がっていた。吉村は・・周りは無口な人が多く、自身もちょっと初対面は苦手だった。

3 振り替え交渉

土曜校授業2回目。
吉村は少し期待していた。彼女がひょっとしてくるんじゃないか?っと。しかし、案の定というか1回目は補講との言葉通り彼女の姿は見えなかった。ちょっとがっかりしたが、それ以上のことはなかった。

土曜夜、日曜校授業6回目前日。
百合子は、教室に行くかどうか迷っていた。先週補講で土曜校に出席したが、日曜校は1週開いてしまっていた。雰囲気的には何となく土曜校の方が合いそうな気がしたし・・自分としては秋葉原の方が都合がよかった。・・・彼女は決断の早かった。・・・


百合子
「先生、私これまで新宿日曜校でお世話になっていたのですけど・・もう2度欠席しているし・・留年というか留月というか、土曜クラスへ代ることできないでしょうか?」
先生
「土曜でも通えるの?日曜校の仲間が寂しがるわよ・・・・」
百合子
「イヤー、そんなことはないでしょ。私はねホントは哲学の話をしたいんです。でも、そういう話できそうにないし・・」
先生
「そういう話合う人はほとんどいないわよ」
百合子「土曜校の飲み会ではそこの趣味が合ったの。だから お・ね・が・い」
先生
「しょうがないわね。ちゃんと土曜日は来てよ。」
交渉成立

4 希有の相手

金曜12時
吉村宅 元職場よりTEL
元上司「吉村、明日・明後日アルバイトできてくれないか!」
吉村「俺はもう辞めたんですよ」
元上司「明日は仕事が多い上に休みのものが多い。それにおまえの後に2人辞めたしな。明日は日当5割り増し出すから、来いや」
吉村「もう一声2倍なら行きますよ」
元上司「この野郎、足元みやがって・・でもおまえは腕がいいからな。分かった倍だそう」
吉村「最初からケチらなければいいんですよ。では、明日、俺のフォークちゃんと動くんでしょうね」
交渉成立


土曜校3回目
吉村欠席
百合子:教室後の飲み会で哲学談義に花が咲く。これはほとんど2人の世界。

先生の言うように哲学の話しを楽しみながら出来る相手というのは、社会人になってからめぐり合ったことがない。その稀有の相手にめぐり合えた。その相手は、先々週の授業、それから飲み会時十数人と話して最後に見つけた西田輝道だった。
【(余談)この哲学談義を右隣で聞いていた上原は、百合子に話しかけたくてそこで話題になっていた「西田幾多郎著・善の研究」を購入したが、最初の3ページで読むのを断念した。何が書いているのかさっぱり分からない・・・と感じ、以降、百合子に話しかけるアタック精神を失う。】

哲学談義では2人だけで盛り上がっている百合子と西田ではあったが、社交性がないわけではない。30分くらいで話しを終え、席を替わりながら多くの人と話して、たいていの話題にならあわせることが出来た。

5 シュミレーションに終る

土曜合同講義
4回目の授業は合同講義、3ヶ月目の受講生はフィナーレのスピーチコンテスト(3分)を迎える。そして、それ以外の受講生・修了生は1分スピーチ+リレースピーチを行う。
会場は市ヶ谷アルカディア。講義の部屋は豪華で広い。コンテスト出場者はこれまで11回の授業である程度は慣れてきている。しかし、この会場で前に立って緊張感を覚えない人はいない。

吉村にとっては初めての合同講義、1時30分開始のところ、1時5分前に到着した。受付は初対面の人だった。
”ごっつ綺麗じゃないの(^^;”
受付嬢「何月生ですか?」
吉村「11月、今回初めてなんです。」
受付嬢「懇親会どうしますか?3500円ですけど」
吉村「参加します。」
・・・・・・・・・・・・・

吉村「冬ソナのオ・チェリン役=パク・ソルミに似てるって言われないですか?」
受付嬢「何言ってるんですか。ないですよ・・・」
吉村「そうですか?まぁあの役はどちらかと言えば恋敵でしたからね。でもヒロインのユジン役チェ・ジウより綺麗だと思いますよ」
受付嬢「実は3度ほど似てるっていわれたことあるのぅ」
吉村「ああやっぱりね」

後半部分は吉村が一人でシュミレーションをしただけで実際の会話ではない。
現実は、後ろに人が待っていて、余計なことを話すことは出来なかった。

6 平気で話すヤツがうらやましく

部屋に入ると、まだ3割の入りだった。”30分前だもんな”と思いながら4列中3列目の席に座った。一番後ろに座ると、「前に!」と言われるのは目に見えていたので・・・。
そのうちだんだんと人が来て席が詰まりだした。
前の席に座っていたのは、同期生上原だった。これまで一度も話したことがなかったが・・上原の方が後ろに向きながら話しかけてきた。
上原「先週休みでしたね。」
吉村「先週は臨時のアルバイトでね。」
上原「儲かりまっか?・・・土曜校の女性たちがガッカリしてたよ。笑えるスピーチが聞けないってね。」
吉村「何言ってるんですか?そんなことあるわけないでしょ。」
上原「ガッカリは冗談だけど、どうしてるかな?と休憩時間、話題にはなってた。・・・」

なんか、飲み屋で偶然隣に座った人に話しかけられたような感じだった。

これで話しを切り上げると上原は他の周りの人一人づつに話しかけていた。おそらく初対面であろう先輩受講生に・。
「教室は〜〜ですか?」と質問が多いようだった。


"上原と話すのは今日が初めてだよな?あいつ、初めての人間にもあんなふうに話しかけるんだぁ。"と思いながら、今度は吉村の方から話しかけた。
吉村「話しかけてたの初対面の人たちですよよね?」
上原「そうですね。」
吉村「初対面の人に、躊躇なく話し掛けることができるなんて羨ましいです。」
上原「あっあれね。ここは話し方教室じゃないですか。みんな話に来ているだから話しかけられて嫌がる人はいない、と決め付けて話しかけてるんです。これが、「何とかの講演会」だったりしたら同じようには出来ないと思う。」

吉村:ナルホド、確かにそうだな。と妙に感心した。

7  情報収集はうまくいかず
同時刻、最前列
百合子は、コンテスト出場者=今日修了する受講生の山村と席を隣にしに話しかけていた。
(この週の水曜日は9月生の11回目授業、そして模擬披露宴があった。その模擬披露宴を百合子は見学に行っていた。)
百合子「先週水曜にありました模擬披露宴良かったですね。準備とか大変だったでしょ?」
山村「大変といえば大変だけど・・・。楽しみながらやったから・・」
百合子「配役とかどうやって決めたんですか?」
山村「あの〜。これからコンテストなんで先週のこと振り返る余裕ないんですぅm(_ _)m。」
と山村は申し訳なさそうに言いながら、スピーチ原稿に目をやった。
百合子・・・模擬披露宴の情報収集をやろうとしていたが、あきらめた。

8 とても追いつけない

合同講義開始・・・
1 発声練習はいつもの通り。普段の教室の倍以上の人が集まるため、大きな声が部屋中に響く。
2 リレースピーチ・・・・即興の30秒スピーチ。前の人がスピーチした終わりの単語を題材に次の人が30秒スピーチをつなぐ。
”このリレースピーチは即興で話す練習になる、こちらの方が実用的だ”と重宝がる人も多い。
なお、このリレースピーチは慣れに左右されることが多い。受講初めは首をかしげながら一言も話せなかった人もたくさんいるが、終わる頃にはすっと入って話し出すようになってくる。

3 1分スピーチ この日のテーマは「紅葉」であった。
先生「今回初めて11月生はは自己紹介にするのもいいでしょう。」
吉村も百合子も合同講義は初めてだった。
吉村は紅葉まんじゅうを食べ過ぎて腹をこわしたことをおもしろおかしく話し、どっと笑いを取っていた。
百合子は、紅葉季節に哲学を志した高校生時代をスピーチした。哲学と堅い言葉をそう感じさせない話術を彼女は持っていいた。
二人とも修了生顔負けの出来映えであったが、本人たちは他の受講生同様に緊張していた。

4 スピーチコンテスト
コンテストの課題は「教室で得たこと」又は「自由題」であった。
出場者は9人。1人は前月生であった。(何らかの都合で3ヶ月目に終了を迎えられない人はいる。そのときは補講を受け、次の月のコンテストに出場する。)

コンテスト終了
吉村の後ろの席には同期の田村と中野の2人が座っていた。
田村「コンテストのスピーチはすごかったね。これはとうてい追いつけないよ。」
中野「2ヶ月後に俺たちになるね。とてもまねできないや。なんか、びびってきた。」
(初めてコンテストスピーチを見たときにこういった感想を漏らす人は多い。しかし、2ヶ月後当人たちがコンテストスピーチを披露したときには後輩から同じように言われている。)

(9) 超えてやる

後ろの話を聞きながら吉村はやや違った感想を持っていた。
”修了のスピーチか!今までぼんやりとしか印象がなかったが、今日のでイメージできた。【百聞は一見に如かず】とはよく言ったものだ。そして、自分には決して届かない位置だとも思わなかった。まだ2ヶ月、授業回数にして7回あるな!よし、あれが目標だ。今日の優勝スピーチを超えるのをやってやるぞ!”

これは決して吉村の思い上がりではなかった。それだけの地力を彼はもっていた。ただし、2つ気がついていなかった。
1 コンテストは甲子園と同じく魔物が住んでいる。本番に力を出し切れなかったスピーチ巧者がこれまで数多くいたことを・・・。
2 コンテストは同期で受賞を争うことになる。吉村のクラスは人数が多かった。そして、ライバルがひしめいていることを・・・・。

(10) 決意の確認
時を同じくしながら百合子はこれまた、全く違う感想を持っていた。
”これがコンテストね。こっちも魅力的だけど・・・先週見学した模擬披露宴の方がずっとやりがいがあるわ。そして、面白い。私はそこで主役=新婦になるべきだわ。いや、ならなきゃいけないの!”と当初からの決意を確認していた。
(妄想と言えば妄想なのだが、決して彼女の自信過剰ではなかった。

艶やかな外見と共に、物語を作る想像力、もてなしの心・技術、自ら演じる演技力、人を動かす指導力、構想したことを実現させる実現力、そして、実行力を兼ね備えている。彼女は人並み外れた才能の持ち主だった。)

私が主役をやるとして相手はだれがふさわしいだろうか?”
彼女は部屋を見回しながら、見当をつけようとしていた。

11 自然な流れ
12月第1週、水曜日 この日、土曜校クラスのメーリングリストが作成された。
土曜校メーリングリスト 略称「ML」:土曜校クラスの受講生と先生、アシスタントの25人が登録された。このリストのメールアドレスにメールを送信すると、登録の25人全員にメールが送信される。と言う仕組みである。・・・通常のEメールが1対1なのに対し、MLは1対多になるということ。
 
教室はHPでのみの受講生募集となっており、雑誌等での募集はしていない。従って、受講生はほとんど全員がネットサーフィンができる。という特色があった。ただし、MLはインターネットの中では少数派であるといえるだメーリングリストろう。
土曜校生=11月生も皆インターネットをできたが、MLの経験者は2名だけだった。

MLが設定されると、10人くらいが投稿し始めた。最初は挨拶程度の内容だった。
吉村は3番目、百合子は5番目であった。
吉村はこのとき初めて百合子が10月生から11月生に繰り下がったことを知った(3回目を休んでいたため)。
最初のエレベーターに乗り合わせた時のほのかな心地よさを思い出し、内心は弾んだ。


百合子は吉村の弾む内心とは全く別の予定で動いていた。
自分が模擬披露宴で新婦をすること。そして、相手=新郎は、”西田になったらいいなぁ”と。
スピーチや教室のこと、映画や趣味のこと、こういう内容で話すのなら、彼女は誰とでも話せた。しかし、哲学談義にまで踏み込んで思いっきり話せる=価値観の一番奥深いところまで自分を出せる。それは彼だけだった。彼との話に大いなる充実感得ていた。そして、好意に繋がる。自然な流れであった。

12 並みでは満足ぜず

土曜校6回目
スピーチ課題「挨拶を励行して」


受講生にとってこの課題は、難しく感じる者が多い。明らかに行動を起こしてそこからエピソードを取る必要があるから。そして、挨拶とは普通には行っていること。それに+αがなければスピーチとして作りにくいから。

西田のスピーチは5番目だった。
「挨拶励行期間と初日に聞いて、そんなのは当たり前じゃないか?と思いました。・・・・職場でも、近所でも、子供にも・・・・しかし、一つ気づきました。妻にはしていないと言うことに。一番大切な人なのに、一番身近過ぎて・・・・。」
西田のスピーチは、課題に正面から取り組まれたものであり、且つそつのないものであった。先生のコメントも軽やかだった。


吉村スピーチ 7番目
「講義で【挨拶の励行】と聞き、練習を始めた。まずは、テレビで・・・。落語番組で笑点というのがある。ここで出演者が正面に向かってこんにちは、と挨拶する。俺も”こんにちは”という。最初が調子よかった。でも、だんだんイヤになってきた。相手は挨拶を返してくれないから。こちらがいくらやっても。・・・・次に、【声に反応する人形】を相手に練習してみた。”こんばんは”・・・クネクネクネ・・・テレビと違って反応した。もう一度・・・クネクネクネ。何度もやってみた。人気を感じた。フッと後ろを見ると、近所の悪友が部屋に来ていた。【おまえ、頭大丈夫か?】。言い訳できなかった。」
大ウケにウケて、大爆笑だった。

受講生コメント(先生の前に受講生の一人を当てて、コメントを聞く)
上原「大笑いさせていただきました。いつも面白いです。・・・・・一つ質問ですが、人間相手に練習しなかったのですか?」
先生「そうですね。どうですか?」
吉村「・・・・・」
本音”人間相手に練習した話をしても面白くもなんどもないじゃないか。俺は並のスピーチでは満足しないの!”

13 憧れ破れ
この吉村の爆笑スピーチを聞いてみんな大笑いしていたが・・・・・
百合子に笑い声はなかった。笑い声どころか笑顔も・・・・
実は吉村の前の西田のスピーチ「妻が・・・大切な人が・・・」と聞き、彼に好意を持ち始めていた彼女は憧れを失った気分だったのだ。


百合子スピーチ 12番目
「私は、物事を難しく考えてしまう質で・・・挨拶にしてもそうでした。ここは挨拶をするべきなんだろうか?とかどんな挨拶がふさわしいのだろうかとか?・・・そんなことを考えているうちにせず終いになってしまい、後悔することがよくありました。でも、挨拶についてのお話をうかがう中で、あまり深く考えずに、とにかくやってみること・・これを心がけました。出勤したときなど、いままでは私が考えているうちに相手から挨拶されてしまうことが多かったのですが、この励行期間8割方私の方が先に挨拶するようになりました。・・すると不思議なもので、他の時でも声をかけたり話しかけたりする抵抗感があまりなくなってきたんですね。これまで、行動のネックだった”難しく考えてしまう質”が、大分薄れた気がします。」

拍手が一段と響き、先生もお誉めのコメントを述べた。
これまでの百合子のスピーチはユーモアをふんだんに含めた笑いを取るものだったが、今回のはシリアス路線だった。これは、西田の性格に合わせたスピーチを準備したのだった。しかし、彼のスピーチでその憧れは破れていた。
寂しいというか切ないというか淡い傷みがあったのである。
しかし、その気持ちは表情にも声にも出さず、誰にも気づかせなかった。

そうさせたのは・・・
一つは、彼女のプライド
一つは、感情を表に出すことは恥ずかしいという感覚が根強かったから
一つは、まだ西田に対する好意が深いものにまではなっていなかったから。

しかし、彼女の意地も授業中までだった。いつも参加していた飲み会(教室後は毎回ある)をこの日だけは欠席した。
吉村は、百合子が帰ってしまったので少なからずガッカリした。しかし、クラスメートとは慣れてきたため、最初の頃の肩に力の入った状態ではなく、自然に会話を楽しめるようになっていた。

14  根回し
憧れが破れたが、百合子の落ち込みはその日限りだった。次の日からは、新婦の座に対する意欲が以前に増して強くなっていた。再来週は10月生の模擬披露宴がある。

西田への憧れに破れた百合子はさらに模擬披露宴に入れ込んだ。



(水曜日)
同期生の多くがMLを使い始めた。今までほとんど目立たなかったのが文章上でだけ急に目立ち始めたヤツがいた。上原義直。スピーチは可もなく不可もなく、平凡で印象に残らない。飲み会にも一度も参加していないので、話したことがない級友が多かった。ただ、休憩時間はそれなりに話す人間で、合同講義時吉村が少しうらやましく思ったことがあるのは以前触れた。・・・・・

MLで何が目立っていたか?長い文章を書く。それと、スピーチの感想なんかも書いたりして、教室中のイメージと違って俄然勢いが出る感じだった。

百合子は、上原を根回しの相手にすることを考えた。模擬披露宴での新婦役に”私を推してね”ということだ。
1 メールで頼み事をすれば、喜んで請け負ってもらえそうに思えたから。
2 声が大きかったから。
3 新郎の対象として考えられなかったから。
と言う理由からだ。


百合子の行動は早かった。
その日にメールを送った。
まずは上原のML投稿を誉めた後・・・・
「そろそろ、模擬披露宴のこと決めて行く方がいいと思うの。特に配役を・・・私、これには力を入れたいの。何役がいいかな?」
上原「そうですか。艶やかな峰井さんは新婦が一番似合うと思います。」

百合子「ありがとう、でも私も自分からは手を挙げれないし・・・。できれば、上原さんの方からそういってもらえない・・・お・ね・が・い」

上原「O・K。僕も峰井さんの新婦姿見てみたいし・・・。では、土曜日に・・・」

(このとき、上原は自分も新郎の候補になれるのかと勝手に期待していた。百合子の構想では最初から外れていたことも知らずに・・・・)

根回しは、うまくいった。上原の返答は予想どおりだったのだ。
次に、新郎を誰におねがいしようか?とこれは難しく思えた。
憧れに破れた西田だけは避けたかった。
幸いなことに、これまでの前例からみると独身者が新郎新婦役になるのが通例だった。西田が新郎役になるのはあ
まり可能性のないことだった。

15  新婦役へ第2手

土曜校第6回
始業前
百合子「先生、今日最後に少しみんなに話す時間が欲しいのですが・・・」
先生「いいよぅ」


講義の内容終わり
先生「では、峯井さんからちょっとお話があるそうです」
百合子は前に出た。
皆さん、11回目の授業に模擬披露宴ってありますよね。あれは1ヶ月くらい前から準備しておくのがいいみたいです。以前のことを聞いても、最後の2週間くらいでバタバタとして、時間不足で困った、と。せめて配役だけでも今日決めてしまった方が・・後がスムーズに行くと思うのですが・・・。」

先生「話し合うのは飲み会の時にしましょう。じっくりとね」

講義は貸会議室で行われているが、時間があまり残っていなかった。

百合子は焦っていた。”マズイ、上原さんに根回しして私を推薦してくれるように頼んであるけど、あの人は飲み会に参加したことが一度もない!どうしよう”

しかし、杞憂だった。上原は今回初めてではあったが飲み会に参加してきた。
百合子”助かったぁ”

16  決定打

飲み会は教室近くの飲み屋。
模擬披露宴の話題となったが、こういう場では女性の発言が活発になるのはどこでも同じだった。
男性の方は女性が決めたことに追随するのが一般的なパターン。披露宴をどのようにとりおこないたいか?という好みをあまりもっていないからである。

百合子はとても艶やかでそして教養深い。彩色兼備と言う語がまさにぴったりの女性だった。しかし、このクラスには魅力的な女性が他に3人いた。ただ、一人はもう嫁いでしまっていたので、新婦役の対象ではなかった。

先生「まずは誰が新婦役をやるかだね。次に新郎、後は司会が大事かしら・・・」
(模擬披露宴に関し先生は受講生の意志を尊重する考えで、設定等、決まったことにあまり口出しはしない。ただ、受講生は皆、未経験であるため、話し合いが結論に向かうよう、アドバイス的なことは少しだけ述べることがある。)

この場面で私がやる。と言い出す人はなかなかいない。
百合子は意欲は満々であったが、ここでは誰かに推されて引き受けるという形を取りたかった。
「んー・・・」
「池永さんがいいのでは・・・」
「いや及川さんじゃないかな?・・・」
「峯井さんが似合っているのでは・・」
と名前はでた。しかし、どれも決定打には欠ける。

受講生には明快な構想があるわけでなく、ぐるぐると巡ってしまうことになってしまい勝ちなのだ。
こういうときは誰かが強い調子で発言すると、一気にその方向に流れることが多々ある。(それがいい方向かどうかは別問題なのであるが・・・・)

「嶺井さんだ。嶺井さんが絶対に適任だと思う。」
これまでの発言よりも一回り大きい声がした。上原だった。
「そうだね。嶺井さんがいい」と2〜3人が同調した。
大勢はこれにて決した。
「私がこの役もらってよろしいのでしょうか?・・・では、努めさせて頂きます。」
あくまで謙遜姿勢の百合子だった。
しかし、水曜の根回しから百合子の企図に沿った形で新婦役を射止めたというのが実体であった。

17  自然の流れ
「新郎は誰がいいかな?」
「嶺井さん、誰がいいですか?」
「そんなぁ、どなたがいいだなんて・・・」
(あくまで遠慮気味に話す百合子だった)

先程同様どうどう巡りになりそうであったが、新婦が決まると次は決まりやすい。その新婦に似合う人というのはイメージが限定されてくるから・・・
「吉村君がいいのでは・・・」と言う声が自然とわき上がってきた。
皆それに同調する形で吉村に決まった。


ここは話し方の教室であるから、どんなスピーチをするかが人の印象を決めることが多い。
百合子のは難しい言葉がよくできたが、話の中で使われると分かるような気がしてくる。そして、一ひねり二ひねりの展開があって、聞いている人を期待させるものであった。

吉村のは一言で言うと面白い。天性のユーモア才があるのか?努力のたまものか?プロと言っても通用しそうなレベルであった。
2人のスピーチは級友から楽しみにされ、そして、印象に残るものだった。

そういった意味では、2人が主人公に選ばれたのは自然の流れだった。
百合子の根回しがなくても、結果が同じになった確率は高い。

新郎新婦が決まったところでこの日の飲み会はお開きとなった。


帰路
百合子は吉村に話しかけた。
百合子「よろしくね。」
吉村「こちらこそ。いや、なんか照れくさくて・・・それにどんな感じなるんだろう?イメージが湧かなくて・・・」
百合子「来週日曜日はは1ヶ月先輩たちが模擬披露宴があるのよ。見学者歓迎なんだって!。行こ(^^)。・・・・後、司会を誰に頼もうかねぇ・・・」
この日、百合子は企図通りの結果を出して機嫌がよかった。

18  先輩模擬披露宴 準備ウォッチ
模擬披露宴も1週間前になると打ち合わせがたくさん必要になり、それはメーリングリストを通じて行われる。百合子はもともとは1ヶ月前の10月生である。そこでのメーリングリストにも登録されていた。打ち合わせの様子が伝わってきた。

模擬披露宴に入れ込んでいる百合子から見れば、10月生(日曜校)の準備は大変消極的に思えた。それでも日曜日の授業をきっかけに設定は出来て来た。(模擬披露宴は、新郎・新婦の出会いや結婚にいたる経緯に関しては、架空の設定に出来る。そこには自分たちのあこがれるドラマを描くことも可能なわけだ。・・・百合子はそこに一番惹かれたわけであるが・・・)

水曜日以降、尻に火がついたとでも言おうか、打ち合わせメールが等比級数的に頻繁に行きかう感じなってきた。
ただ、ここでは司会役となった保井道彦が一人で引っ張ているという感じが否めなかった。

百合子は、手助けというか、口を出したくなったというか保井にメールを送った。・・・・それがきっかけで「新婦友人としてスピーチしてくれ」ということになってしまった。
百合子「え・・見学には行くけどスピーチは・・・・」
保井「そんなこと言わないでよ。元同級生だろ!」
百合子「分かった。保井君のために一肌脱ごう・・・」
こんな風に言いつつ、模擬披露宴スピーチ、意欲は十二分に持っていた。

19  最強の布陣
 第7回土曜校
11月生クラスも教室期間の半ばに達していた。最初に緊張感にぎこちなかった面々も、同期生にスピーチにある程度慣れてくる。
緊張感・アガリの状態がなくなるわけではないが、以前に比べて落ち着いて人前に立つことができる自分を実感する人は多い。

吉村・嶺井のご両人もこの例外ではなかった。
自分のスピーチに皆が笑い・感心する反応を見て、少しづつ自信と落ち着きを得るようになってきていたのだ。


模擬披露宴の準備は・・新郎・新婦の主役が決まったところで、司会者役を決めること、新郎・新婦の出会いや経歴の設定が次の課題となっていた。

教室後の飲み会にてそこが議論された。
司会者は・・・・西田・・上原・・というような名前も出たが・・・・結果的に、谷沢登・池永小夜子という二人司会ということに落ち着いた。
谷沢は、披露宴の経験豊富で、全般の進行を取り仕切る司会には適任だろうと思われた。
池永は、年齢的にはこのクラスでは最年少に近かったが、友人が多く披露宴の経験もあった。

2人に共通するのは落ち着いたオーソドックスなスピーチとバランスのとれた人柄であると言えるだろう。


新郎・新婦が、奇想天外・一ひねり、二ひねりで大受けするスピーチなのに対し、
司会の2人は、常識的で正攻法そして上手いと感心させるスピーチだった。

議論にバランス感覚が働いたと言えるだろう。そして、最強の布陣であるとも・・・・


20 見学の5人


次の日は10月生(1ヶ月先輩)の模擬披露宴であった。来月の自分たちの時の参考に・単純に好奇心から・・見学に参加した者が多かった(5名)。その中で、百合子と小夜子の2人は友人としてのスピーチを頼まれていていた。

模擬披露宴は、実際の披露宴に準じて行われる。(主目的は披露宴の時のスピーチを練習するためである)
1 新郎新婦入場
2 新郎・新婦紹介(司会から)
3 主賓の挨拶(新郎・新婦の上司が普通)
4 同僚・友人(学生時代等)のお祝いスピーチ
5 祝電披露
6 新婦・感謝の手紙(母親に読む)
7 新郎父 お礼
8 新郎 お礼+誓いの言葉

こんな感じで・・・

この日、初めて模擬披露宴を見学した上原は感想をメーリングリストに記している。
「本物の披露宴と錯覚してしまう感じだった。新婦はごっつ綺麗かった。ただ、・・・司会者が孤軍奮闘している感じに見えた。
スピーチは・・・我々のクラスの嶺井百合子さんと池永小夜子さんが抜群に上手く、流れにのっていたと思える(多分身内びいきもあるのだろうけど・・・)。」


百合子は新婦と学生時代の友人、という設定だった。
「美奈(新婦)とは大学時代に建築デザインを共に学びました。彼女のデザインは一風変わっていて、その個性に私はあこがれていました。あのデザイン力はどこからきているのか?と当時から知りたかったけど、今日分かりました。・・・・ものの見え方が普通と違うってことですね。(「新郎がタレントのタッキーに似ている」と新婦が口癖のように言っていた。・・けど第3者が見てとうてい似ているように見えなかった。)その独特の見え方は美奈の財産ですね。末永くお幸せに・・・。 もう一つ話さなければ・・実は来月私も嫁ぎます。一緒に幸せになろうね(自分の模擬披露宴のPRも自然に盛り込んでしまった。)


模擬披露宴は仮想の設定の元に各人の役を決め、そこでまた仮想のエピソードをつくりスピーチにする。
難しいとも言える、しかし、自由度が大きく、準備段階から楽しみにできるスピーチを言える。
それから、各人のスピーチをつなぎ合わせて新郎・新婦の生い立ちから出会い、現況までの一つの物語として認識する、オムニバスという楽しみ方もできるのである。


この日、見学に来た11月生5名中、百合子だけは2度目の見学だったが、他は初めてだった。
一度でも見ておくのと、見ないのとは大違い。
4名は来月自分たちが取り組む模擬披露宴にイメージが膨らんできた。
そして、先輩のより面白いヤツをやろう、と心の中で誓っていた。


21 膨らむ構想
吉村は模擬披露宴を見学したことで、それなりにくっりきと自分があこがれる設定が浮かんできた。
高校生の頃、祖母につれられて見に行った芝居の物語が・・・
(時は昭和10年代の戦中)
吉村は軍人。百合子はその許嫁である。
夫婦になった、夫は出征する運命にある。
百合子「あなた、行かないで・・・」
吉村「その、言葉を言うな。軍人と妻にはあってはならん。」
百合子「嫌、私、賢い妻にはなれないわ。」
吉村「百合子、私の望みを聞いてくれ・・・出征の時だけは笑顔で送る、と。その一つだけを聞いてもらえれば、後は私を忘れてくれても文句は言わん。」
百合子「忘れるなんて、ある分けないじゃないの!。でも、分かりました。笑顔で送ることを約束します。」

出征の見送りの日、精一杯笑顔を見せる百合子であったが、歩き出した吉村を見ると最後の最後に大粒の涙を止めることができなかった。ただ、吉村の視力は弱く、その涙が見えなかったことだけが救いであった・・・(完)



現在には考えにくい想定であったが、吉村は古風なことを好む性格なのであった。


22 憧れの具現化を志向して
ところで百合子である。シモーヌ・ド・ボーヴォワール
哲学科専攻、百合子は大の哲学好きであった。・・・・憧れはシモーヌ・ド・ボーヴォワール。フランスの女性哲学者であった。近代哲学者のなかでも有名なサルトルと結婚した彼女に強い憧れを持っていた。彼らの哲学は実存主義・自由主義。残念ながら・・私がそれを詳しく書ける知識がなく、説明は割愛するが・・・・。

よって、ボーヴォワールに習って自由主義の結婚披露宴を具現してみたかったのである。


23 喧嘩別れ
このように二人の構想は対極的というか、相容れないものであった。

水曜夜
吉村の百合子の2人は、模擬披露宴の打ち合わせとして喫茶店で待ち合わせていた。デート気分の吉村はうきうきしながら席に着いた。

当初、吉村が「軍人の妻」構想を語った。
百合子は、全く興味を示さなかった。
そして、何も聞かなかったかのように自分の構想を語った。
百合子「フランス・・・・・自由主義・・・・型にとらわれない・・パートナー・・」
吉村・・途中で何を言っているのか分からなくなってきて退屈してきた。そしてアクビ・・・・
百合子「ちょっと吉村君、まじめに聞きなさいよ!」
吉村「バカタレ、何が自由主義だ!家と家との結びつきが結婚だ。そんなに自由が好きなら結婚なんて形式をしなければいいんだ。」
百合子「何言っているの!自由というのは、人類は長年の歴史で勝ち取ってきた尊い価値よ。貴方は化石なの。私たちの披露宴は人類価値観の最先端でなければ・・・・」

この後、2人の間でディベートが展開されたが・・・
吉村は百合子に全く歯が立たなかった。元来、口より早く手が出るタイプである。10才若ければそうなっていただろう。
しかし、意気盛んに自分の哲学を語る百合子はやっぱり綺麗だった。そして、腹を立てながらも吉村は彼女に惹かれてしまうのだった。それが、全く相容れない価値観であったとしても・・・・。

結局、1時間程で交渉決裂。ほとんど喧嘩別れの状態で喫茶店を出た。


24 顔を会わせにくくて
日曜日、合同講義の日であった。
水曜日の決裂で、吉村も百合子もお互い気まずく顔をあわせにくいと思っていた。
合同講義は会場も広く、人も多いので、離れた場所に座ればほとんど関わりなくいることができる。2人とってそれは幸いだった。

吉村は、百合子よりも早く着いたが、右端に席をとった。近くに百合子が来ないことを願いながら・・・・・

百合子、10分後に到着、気まずさはお互い様。左端の席に座った。チラチラと吉村の方を気にしながら・・・・
合同講義のメイン、スピーチコンテスト出場者は先週、模擬披露宴を見学さしてもらった10月生だった。

吉村は、2度目の合同講義、やっぱり2度目は慣れている。余裕をもっていた。それに今回の出場者は一応知っている人たちが行っていることになるので、それ点でも親しみを持ってみることができた。

前回コンテストスピーチを見て吉村は”これより面白いスピーチをしてやる”とちょっと自信あり気な感想を持ったが、今回はその意を強くした。
当初から地力のある吉村であったが、この1月の間にさらに力をつけていたのである。

この日、百合子は打ち上げに参加しなかった。吉村と顔を合わせるのが気まずく行きにくかったのである。
吉村は、すぐに帰ってしまった百合子が気になっていた。そして、珍しく深酒をした。


その夜、吉村は風邪を引いた。深酒により駅のベンチでうとうとしたのが原因だ。
元来体の丈夫な吉村は、これまで健康を気遣うことが少なかった。風邪の薬も置いているわけではない。
放って置いてもすぐに治るつもりでいた。


25 平均の提案
木曜日
百合子は吉村にメールを書いた。気まずくはあったが、このままの状態でいれば模擬披露宴がどうなってしまうか。
下手をすると、役割交代ということで新婦の座を池永や及川に取られてしまうかも知れない。
そのまま開催をしても全くストーリーにならないものになってしまうかも・・・
それは百合子のプライドが許すものではなかった。

メールの内容
「吉村君、2週間前での喫茶店では・・・、喧嘩別れみたいになってしまって・・あの時は模擬披露宴に対する構想の違いがあまりに
大きすぎて・・・・あれから頭を冷やして考えました。このままだとまとまらない。私も自分の憧れ(ボーヴォワール)のことは忘れます。でも、吉村君の「軍人の妻」もちょっと現実離れしすぎているとも思えます。この際、足して2で割るわけではないのですが、一番平均的な披露宴ということでどうでしょうか?・・・・その線で話し合えれば嬉しいです。明日でも明後日でも話すことできないでしょうか?」
メールには平均的な披露宴構想に沿った台本案を添付した。


26 流行の風邪
返事を心待ちにしている百合子であったが、期待に反し次の日もその次の日も吉村からの返事は無かった。
もうダメなのだろうか?不安が日に日に増してくる百合子だった。

土曜日 教室は9回目の授業がある。この際だから、直接話し合えば何とかなるだろう。と百合子は考えていたが・・・・。
朝の9時、吉村からのメールが届いた。
「峰井さん、返事が遅くなってごめんなさい。平均的な披露宴でやっていく。僕はその案に賛成です。・・教室の後で打ち合わせを・・といいたいところですが・・実は風邪を引いてしまって・・熱が下がらず・・今日は出かけられそうもありません。司会の谷沢君や池永さんとその線で設定を進めてもらえれば、良いかとおもいます。」

この頃、風邪は流行っていた。
吉村だけではなく、司会の谷沢も38度の高熱を出していたのだった。


27 おしかけ看病
さて、吉村の「欠席メール」を受け取ってからの百合子の行動である。
プロローグで述べた幻のスピーチ原稿はこのときのことを述べている。
彼女のスピーチ原稿(前半)を再現してみよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 模擬披露宴の計画が進んで来ていた。ところが、受講生特に男性陣には風邪が流行りだし、司会、谷沢・・そして新郎吉村にまで。私は焦った・・このままでは精魂込めた模擬披露宴が・・・。吉村が教室を休むことを聞くに及んで・・いても立ってもいられなくなった。・・そして、吉村宅へ向かった。勤め先の病院から薬をくすめて・・。鍵は開いていた。吉村は寝込んでいた。全く不用心なんだから(^^;・・・。
 氷枕を敷き、その寝顔を見ながら、彼の優しかったところを思い出していた。それまで、披露宴の筋書き、台詞等で意見が合わずにぶつかっていたけど・・今は愛しかった。寝顔というのはどんな人のもかわいく見える。
 2時間後、彼は目を覚ました。
吉村「来てくれたんだ。いつから?」
百合子「あんたのためじゃないわよ。あなたが寝込むと披露宴が出来なくなるから・・」

と心とは裏腹の言葉を言ってしまうのだった。
 でも、吉村は人の気持ちを察すのに長じている。私の本心は見透かされていた。
吉村「君は自分の言葉で優しさを隠してしまうんだね。人から誉められのが苦手なんだろ?僕も同じだから・・・。」
 瞳が濡れてきてしまった。私は人前で泣くような人間じゃない・・確信があったのに・・このときは堪えようとしても涙は止まってくれなかった。・・・・・

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28 涙が恥ずかしくて・・・
大人になってからの百合子は、人前で涙を見せることの無い気丈な女性として振舞っていた。
それがどうして・・・・
”優しい”とか”誉められるのが苦手”本当の自分・自覚していない自分をズバリと分かってくれた。それがこんなに嬉しいことだったんだ。”
普段の思考を理屈中心に組み立てる彼女にとっては衝撃的であった。
が、やはり「涙」は恥ずかしかった。

「女なんてものの涙は売り物だと、泣いてる人を指差して言うあなたが悲しい」
中島みゆきの歌詞の一部。
百合子はこの部分”涙は売り物”の指摘に真実がある、とそんな風に思っていたのだ。
しかし、百合子の涙は売り物でもなんでもない。心を裸にされた。
恥ずかしさに居たたまれなくなり、隣の部屋へ逃げようとした。

が、半身起き上がった吉村に右腕をつかみ離してくれなかった。
吉村「君の心、恥ずかしがることじゃないよ。きれいんだよ。」
百合子は引き寄せられるままに吉村の胸に顔を埋めた。涙はとどまるどころかさらにあふれ出てきていた。
吉村の胸板は厚くはなかったが、とても頼りがいが感じられた。
背中に回された手の平がとても暖かく心地よかった。

このとき百合子ははっきりと自分の気持ちを自覚していた。
今日は”模擬披露宴の為に看病に来た”これは建前であり、自分への人へのいい訳であり、本当は吉村が心配でたまらなかった。だからいても立ってもいられなかったんだ!

百合子は最後まで行ってしまってよい、という気持ちになっていたのだが・・・
「ゴメン、風邪移しちゃ大変だね!」と吉村の方から体を離した。
”風邪なんてどうでもいいのに・・・!”百合子は離されたことが不満であった。


29 幸福
百合子は何か食べるものをと思って台所中を探したが、ろくな材料はなかった。男の一人暮らしとは大概そういう感じだ。(結構料理をする人も多いのだが・・・)
しかし、おかゆを作ってあげようと考えた。
近くのコンビにまで買い物に出かけて材料を仕入れた。

買い物から帰るとまた吉村は眠っていた。(熱を計ると38度・・やっぱり高かった)
1時間後、卵をおとしたおかゆが出来た。
百合子は吉村を起こし、おかゆを食べさせた。
スプーンにすくって、「フーフー」と冷まして吉村の口に入れる。それを素直にモグモグと飲み込む姿が赤ん坊みたいで可愛かった。
このとき彼女は紛れもなく幸福感を味わっていた。

好きな人の世話を焼く事が幸福感につながる。
「人は個人個人が自立し頼り頼られる関係は良くない!」こんな風に考えてきた彼女は、これが幸福感なのだ!とまだ自覚出来ないでいた。


30 寂しさと充実感と
吉村がおかゆを食べ終わった。

吉村「今日はありがとう。もう遅いし・・・終電なくなっちゃうと困るから・・・それに風邪をうつしてしまったらもっと・・・。駅まで送りたいところだけど、この様で・・。ゴメン。でも、とっても助かった。僕はこれから多分寝ちゃうし・・・。」

百合子は夜通し看病につきたい気でいたが、そこまで彼と親しくなかったことを思い出してしまった。
百合子「明日はちゃんと病院に行ってね!」
後ろ髪惹かれる思いだったが吉村の家を後にした。
寂しい気持ちと充実した気持ちが4分6といった感じだった。

夜空は月がきれかった。時期は1月。風は冷たく通行人のマスクが目立っていた。


31 澱みなく
3日後、吉村は回復していた。
2人は、メール・電話で模擬披露宴の設定を話し合っていた。以前、喫茶店で喧嘩別れになってしまったことが嘘のようにスムーズに打ち合わせが進んだ。ほとんどは百合子がアイデアを出したが、吉村の気持ちを考慮しながらのことであり、彼に不満はなかった。

水曜日、新郎新婦と司会役の4人が集まった。この中で一番忙しいのは司会の谷沢であったので彼の職場の近くの店で打ち合わせた。









出会いは、この教室。ただ、この教室に来る前に2人は一度会っていた。吉村は写真の趣味があり、街角で見つけたお洒落さんの百合子を撮っていた。それに抗議する百合子。・・・・そこで口喧嘩に(2週間前の喫茶店での喧嘩を思い出していた)・・・・・

大筋が決まるとあとは配役。
教室での模擬披露宴はスピーチが主眼であるので、それを中心にすれる必要がある。
仲人・主賓・先輩・同僚・後輩・友人・父・母・・・・・
そして、参加者のクラスメートや特別参加の先輩修了生の顔を思い浮かべながら、誰をどの役に・・・と相談は続いた。
30分でほぼ決まった。後は皆に設定を理解してもらい、各人にその役になりきってもらう。それを依頼する必要があった。

広報と配役依頼は百合子が全面的に引き受けた。
百合子「私が設定をメーリングリストに書いて知らせるわ。そして、一人一人に配役の依頼もします。谷沢さん、池永さん司会進行と式次第お願いしますね。吉村君、スピーチの他にダンスの練習や着物の準備があるから協力お願いね。」

吉村は、彼女の甘えた感じの物の頼み方がとっても可愛く思え、何でも聞こう、という気になっていた。
その夜、百合子はメーリングリストに新郎・新婦の設定と出会いをストーリーにして周知を計った。”大枠はこの線でスピーチしてくれ”ということだ。
それから、クラスメート各人に割り振った配役を依頼した。


最年長者の富田には百合子の父親役。花嫁の父としてお礼と挨拶をして欲しい。と、そしてダンス指南も頼んだ。彼は趣味が広かったのだ。

吉村と同じ年の上原には高校時代の友人の役を・・・・


百合子に配役を依頼されたクラスメートはしぶしぶ引き受けるというのではなく、皆積極的に役になりきろうと、仮想現実のスピーチに意欲を燃やしていた。百合子の頼み方は人のやる気を出させる。
なんであんなにうまいのだろう・・・・妹役を割り振られた及川芳美はそこにあこがれていた。

【模擬披露宴まであと10日】


32 またまた歯が立たず
土曜日第10回授業
この日、課題スピーチの後、ディスカッションが行われた。
ディスカッションとは「討論」
論題「電車の中で化粧をしてはいけない」に対しYESとNOの立場で席を向かい合って討論う。
(後にこの形式はディベートへと発展解消することになる)

古典的価値観を好む吉村は、YES側に座った。
で、百合子を見ると反対側に座っていた。
3週間前に喫茶店で口では全く歯が立たなかった不甲斐なさを思い出すものの・・・・とても勝てる気がしなかった。



NO側「人に迷惑をかける分けじゃないからいいのでは・・」
YES側 「化粧品がかかることがある。それは迷惑だ」
NO側「そんなことは例外的なことだ。そういう者より、新聞を大きく広げる者とか、座席に荷物をおく者の方が迷惑だ・・」
・・・・・・意見は散発的・やや遠慮気味に展開されていたが・・・
途中から百合子の鋭い意見が冴え渡ってきた。
吉村はYES側の意見を少し言ったが、百合子は間髪いれずにその5倍の理屈で反論した。
・・・・
言葉に詰まった吉村であったが2つ後ろに上原が座っていた。


上原  「化粧とは人前でするものではない、公の場所でそれをするということは、回りの者は人間扱いされていないことになる。それは礼を失するのである。」
百合子  「世の価値観といものは、時代によっても場所によっても変わる。それで被害を受けるわけでもなし、不可とは言えないと思う」
上原  「世の価値観が絶対的なものでないとしても、今の価値観というものは、先人たちの歴史の積み重ねからできあがってきたもの。それには時を超えた重みがある。その観点から、迷惑をかけなくてもはハシタナイ、という美感覚が我々の社会にはあるのである。公の場で化粧をすることはその美感覚に反するハシタナイ行為なのである。」
百合子  「その美感覚は絶対的なものではない。今、平気で化粧している人が増えてきている。それに時間節約の観点からは合理的だ。今後、これは、当たり前の行為になるということも考えられる。」
・・
先生「議論は白熱してきたけど、時間です」


お互い譲らずの感じであった。
吉村は後ろの上原を見ながら意外に思えた。”上原・・こいつ、飲み会のときは会話が冴えないのに、なんでこの場面だけ元気が出るんだ?”
そして、休憩時間に話しかけた。
吉村「さっきの討論、冴えてたね。あの峰井さんと互角に討論するなんて!」
上原「彼女に反論するのは勇気が要ったね。彼女教養が滲み出ているタイプだから・・・。一様、僕、ディベートの経験があるんで・・・。でも吉村君、ダメだよ黙ってしまっては・・・いくら彼女が綺麗でも・・討論ゲームなんだから反論しなきゃ!」
吉村”くそ、コイツ!”


33(挿入) 確認事項

授業時間、30分残っていた。
先生「来週の模擬披露宴の打ち合わせに使ってください」

場は司会役の池永が仕切った。

池永「まずは配役の確認です。・・新郎側、新婦側で分かれてください。
新郎側上司
新婦側上司
新郎友人
新婦後輩・・・・・・・・確認OK


来週の持参品
ワインは持ってきてくれる人・・
樽酒は・・・・
ケーキは・・・・
クラスは・・・・
どんどんと決まっていった。
このうち半分は百合子が引き受けた。
手作りケーキ、衣装、グラス・・・・・・
彼女の脳裏には披露宴会場の設定、それから模擬披露宴の進行の青写真がすでに出来上がっていたのだ。

翌日曜日、父親役の富田にダンスの特訓を頼んであった。吉村と2人。
吉村は基本的に自由時間が無限大。百合子にとってはありがたかった。(もっともそれを計算に入れて新郎に選んだわけでもあるが・・・・)


34 楽しい状況で楽しむ余裕なく・・

日曜日 午前9時 ダンスの練習に3人が集まった。場所は模擬披露宴の実施される会議室を借りた。
この会議室(秋葉原合同庁舎)は、人気のある場所で詰まっていることが多いが、午前中は比較的直前の予約でも借りることが出来た。

百合子は、大学時代に西洋式パーティーの経験もあって、ダンスもスムーズに入っていけた。
といってもダンスは男のステップに合わせる面があり、吉村がどうなるかが心配であった。
・・・見た感じ経験がなさそうだし・・・・・・・

しかし、嬉しい誤算というか、吉村はリズム感がよく覚えが早かった。コーチ役富田の誉め言葉が何度も響いた。
実際に組んで踊ってみてもステップがよく合った。
”これなら来週の本番も大丈夫!”と心強くなった。・・・・
安心したところで、心地よくなってきた。これはもちろん吉村とダンスをしているからである。

一方吉村の方は、そこまでの余裕はなかった。教えられるとおりにステップを試してみて、あとはそれを忘れずに踊る。神経はその方に集中していて、楽しむまでの心境にはならなかった。


35 開催前夜

平日
模擬披露宴の直前の週、どのクラスでもメーリングリストが飛び交う。細かい設定等打ち合わせることが多数あるからだ。
たが、このクラスの場合は、設定のほとんどは前回授業で決まっていたので、後は出欠情報。出演者である「11月生で行けなくなったm(_ _)m」という話や、「見学者としてだれそれが来る事になった」という情報だった。

その他、椅子の数という問題があった。見学者も入れると35名ほどの参加が見込まれた。この部屋、そこまで椅子を貸してくれない。
仕方ないので、普段飲み会に使っている店から借用することに・・・・「その椅子を運んで」と依頼、返事、後、出し物をケーキやそれにグラスの運ぶ方法等々。中心は百合子。段取りのよさと人に仕事を頼み、うまく伝える。その手際に吉村は感嘆していた。


36 披露宴レポート
模擬披露宴当日
見学者の一人である受講2ヶ月目(吉村・百合子の一ヶ月後輩)の沼田勝則はこの日の様子を同期生に次のように紹介している。


11月生模擬披露宴レポート・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(11月生の名前をあまり知らなくて・・固有名詞が出ない時、及びスピーチ内
容の人違いもあるかもしれませんがご了承下さい。)

1 新郎・新婦入場
  
2 開式の辞(司会者より)

3 新郎新婦紹介(仲人より)
  「新婦は私(社長)の秘書だった。気配りの細やかなすばらしい女性で
す。・・・・今日はおめでとうございます。」

4 主賓挨拶
  
  (新郎側)
  採用の面接時:「世にどんな本を広げたいと思うか?との問いに新郎は
「ジャスティス?」(私沼田の知らない)という雑誌だとの答でした。あまり
世に知られていないのですが、これは法律の本です。法律が一般的にもっと身
近になることによって世の役に立たせていきたい”とそのユニークで深い視点
に感服し、その場で採用を決めた」

  (新婦側)(理大教授:新婦恩師)
  新婦(公子さん?)は理系の大学だったので女性は少なく、ゼミ等では紅
一点になることが多かった。しかし、男子学生に負けることなく研究はしっか
りしていた。といっても女性らしい心配りも人一倍ある人で・・このネクタイ
は公子君からもらったものです。これは、試験の点数が足りないから、そこを
よろしく・・・という意味は・・・全くなかったです。学業優秀でした。

・・・試験の点数をよろしく・・とのところで笑ってしまいました。11月生は笑い声が大きい人がいて
笑い声も一つの雰囲気といえますね。
5 ケーキ入刀
(写真撮りました)


この後、スピーチ10人・・・次項まとめて書きます。

6 上司・友人スピーチ

最後のスピーチを聞き終えて、分かりました。オムニバス形式といいます
か・・みんなのスピーチがそれぞれの役割を持って一つのストーリーを作り上
げる、という流れだったのです。

その【ストーリー】とは・・・
(1)新郎・新婦は話し方教室で知り合った。

(2)(教室入校の)きっかけは口論から・・・
新郎が道で見かけた新婦の写真を無許可に撮影した(このとき初対面)。この
行為に新婦は怒り、猛然と抗議、口論となった。

(3)口論への不満(2と重複)
 新婦は、その口論で、言いたいことがうまく言えなかった。それが悔しくて
話し方教室へ通うこととなった。・・とそこに偶然、写真を撮った口論の相手
(後に新郎となる)岩崎氏がいたのだった。

 新郎は、道ですれ違ったきれいな女性を無意識的に撮ってしまったのだが、
そのことで猛然と抗議を受けた。そのとき何も反論できなくて非常に悔しかっ
た。”次の機会こそは・・”と胸に秘め、話し方教室へ足を運んだ。そこには
偶然にも激しく抗議した(新婦となる)沼山さんがいた。

 実は2人共そのときの口論では自分の思ったことが”全然言えなかったんだ
”と悔しく思っていたのです。

 そこからどういう経緯があったのか、(話し方について相談したり話し合っ
たりして、というスピーチも・・)2人は親しくなりゴールインとなった。


(4)伏線
   メインのストーリーは上記のようなことなのですが、これは終盤で分か
ってきます。前半、中盤にはその伏線を引くと言いますか、
最後にナルホドと思わせるためのスピーチが用意されていたのでした。


  ・ 「新郎は堅物で、タイへ旅行に行ったときも、皆と一緒に遊びに行か
なかった。それよりも、次の仕事(遺跡:アンコールワットをPRしよう)と
写真を撮りに行った」(新郎の写真好きを密かに知らせている)

  ・ 「(新郎)同僚です。会社にて・・(2年前?)に急に変わった。急に
挨拶するようになったし・・・そうかと思えば、やたらほめてくるようになっ
たし、・・ブグバグとかぶつぶつ言うようになった・・そしてお礼を丁寧に言
うようになった。そしてだんだん、彼と話しているのが心地よくなってき
た。」(話し方教室の内容を実践していることを知らせている)

  ・ 「新婦は教室のアイドル的存在、憧れの的だった。いつの間に・・う
らやましい、そして、悔しい」・・と同期生の率直な発言。
    実は教室の前から知りたいだった・・それも喧嘩した相手(怒った相
手と結ばれる意外性を引き出す)

(5)オチ
  ・ 新婦の方が口論に不満を持って話し方教室へ入った、ということは中
盤に分かります。・・それで、では新郎はその口論で”相手言い負かして満足
していた”かと思っていたら・・・何も言えなかったことに新婦以上に悔しく
思っていた、と最後に分かる。


スピーチの途中で新郎・新婦のダンスの披露があり、大変楽しく気分を一新してくれ
ました。

・・・・上司・友人スピーチ(オムニバス形式)叙述ここまで・・・・
6 ブーケトス
 模擬披露宴でブーケトスが行われるのは珍しいらしい。
正面で待ち構えている独身女性の手をはじいて後ろの人が掴みました。
掴んだ人はあまり捕りたいとは思ってなかったみたいだけど・・・
なんとなく皮肉な結果でしたが、見ている方はそれも面白かったです。


7 新婦 感謝の手紙、 花束贈呈、新婦父挨拶、新郎挨拶
(正統スピーチでした)
8 退場
9 閉会の辞(終了)

時間は3時15分から4時30分まででした。


(感想)
ビデオ担当(といっても自主的撮影)の中山は「ビデオ画面を通
して見た模擬披露宴は本物みたいだった」と。
正統派のスピーチが多く、私もそんな風に感じました。
最後の友人スピーチで新郎・新婦とも口論に不満だった、と分かりストーリー
としての全体像が掴めて、スッキリした後味でした。



来月の模擬披露宴に向けて我々も意欲が高まりだしてきたところです。
イザ始動(なーんて)


(レポート以上)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


37 しこり
模擬披露宴は歓声・爆笑・興奮のうちに幕を閉じた。
その日の打ち上げはいつに無く盛り上がり、22時まで同じ店で盛り上がっていた。
見学者(修了生及び後輩)からも評判もよかった。

「クラスとして一つのことをする」模擬披露宴はという、各人の体験としても意味の大きいことであったと終わってみて実感する。
先生の狙いもそこにあった。


沼田のレポートの中に触れられなかったエピソードが1つある。

後輩役としてスピーチした及川芳美、この中で「是非とも本当に結婚してください」との一説があった。
新郎役吉村は間髪いれずに首を横に振った。”トンデモナイ”というゼッチャーだった。

実はこのとき(正面の新郎新婦席に並んで座っている状態)、”これが現実ならどんなに幸せだろう!”と内心思っていた。
それをズバリと端的に言われてしまっい焦って本心とは逆のゼッチャーをしてしまったのだ。

隣の百合子を見ると、この一瞬だけは吉村に対し少し、いや大いに不満そうな表情をした。
”シマッタ”と思ったが後の祭りだった。
もっともこれが後に尾を引くことは無かった・・・表面上は・・しかし、百合子の心に小さな傷を残していた。


38 余韻に浸る時間なく

模擬披露宴の達成感は参加者の大半の人間が持っていたが、次の週はスピーチコンテストが控えている。
余韻に浸る時間がそんなに多くあるわけではなかった。

百合子は、最初に模擬披露宴とスピーチコンテストを見比べたとき、”模擬披露宴の方がやりがいがある。”と考えた。事実、これまでコンテストのことをついでにしか考えてこなかった。しかし、模擬披露宴が終わった今、コンテストのことを考えはじめる。
入賞を目指す・・・模擬披露宴での勢いをそのままコンテストに持ち込めば・・・勝てる・・”空気は我にあり”空気を読むに敏な彼女は、現在の状況が客観的に分かっていた。そして、スピーチの地力も十分に持っていた。


一方の吉村は・・スピーチの地力という意味では十二分といえるものがあり、初めてスピーチコンテストを見たとき”あの優勝スピーチを超えるヤツをやってやる”と誓っていた。しかし、コンテスト、賞とかには無頓着であった。聞き手の笑や表情の変化、彼の目指すものはそんなところが多かった。そういった面で(その他もだけど)大変鷹揚な性格であった。・・・百合子が惹かれたのもそういうところだといえるのだが・・・


39 司会者のワンツー

土曜第12回目授業 スピーチコンテスト=合同講義当日。
コンテスト出場者は14名。これまでの中でも一番多かった。それにスピーチ巧者も。
教室によく顔を出す先輩修了生からもそんな前評判が立つクラスであった。


この日の主役は吉村でも百合子でもなかった。
池永小夜子、1週間前の模擬披露宴では司会を担当した。司会者として目立ったわけではないが、そつのない進行とナレーションで披露宴を成功に導いた。年齢は下から3番目。主役(といってもそれは結果として主役という意味)は彼女である。


最優秀賞 池永小夜子
優秀賞  谷沢登
準優秀賞 西田輝道

模擬披露宴司会のコンビでワンツーフィニッシュを飾ったことになる。
ワンツーフィニッシュはどうか別にして、司会を担当した者が入賞する確率は高い。
司会をするくらいの者だからスピーチがうまいのか?司会によって力をつけるのか?
多分、前者であるような気がするが・・・・。

なお、実際の得票は西田が谷沢を2票上回っていた。しかし、、スピーチ時間が3分27秒。タイムオーバーであった。タイムオーバーは順位を一つ繰り下げられるルールになっている。よって、2位と3位は入れ替わっての受賞となった。


40 入賞スピーチを振り返る

池永小夜子
【起死回生のつなぐ挨拶】
「私は1何前に配置換えになって、今の課に配属された。今の課長は鬼瓦とあだ名される人だった。顔は鬼のよう。口数は瓦のように無口だった。挨拶しても「オッ」「アッ」として返事してくれなかった。職場の雰囲気はピーンと張り詰めたようで精神的に毎日疲れていた(特に何があったというわけではなくても・・・・)。
そんなときに、この教室に来た。そして、挨拶の大切さと「一言つなげる」とのこことがけを学んだ。
これまで以上に挨拶を心がけたが、課長は相変わらず気難しかった。
しかし、この朝、課長の髪と顔がさっぱりしていたことに気付いた。これまでも課長に話しかけて何度も玉砕している。・・・そのことが頭によぎったけど、思い切って声をかけた。
「おはようございます、課長今日は男前ですね!」
と挨拶すると・・・「今日は朝時間があるから床屋へ行ってな・・」と初めてつながる会話が出来た。
一度打ち解けた感じで会話が出来ればその次はそれほど難しくなかった。それまで、ここでの仕事を続けていけない気分だったけど、この朝を境に、気持ちよく仕事を出来るようになってきた。」


教室1ヶ月目の「一言つなぐ挨拶の励行」。これを実践して成果を挙げた。その話題をユーモアと具体的描写を交えて、聞き手を引きつけた。得票は2番目の西田を7票上回る、文句なしの優勝スピーチであった。
ちなみに彼女、これまでの授業中のスピーチも笑いがあり、そして、聞き終わった後にはほのぼのとした気分にさせる暖かさがあり、話力は安定していた。同級性は彼女の優勝に”やっぱり”と納得の表情を浮かべるものが大半だった。


41 共感を呼びながらも・

谷沢登
【感謝の言葉が雪融けを誘う】
「父は頑固な人間です。私が二十半ばの頃、大喧嘩をして、それ以来ほとんど口を利かない状態になっていました。もっともその頃から一緒に暮らしていたわけではないのですが・・・。しかし、このままでよいと思っていたわけではありません。そんな状況の時、教室で”是非ご両親に感謝の言葉を言ってあげてください”と学んだ。
”そうだ、これを機会に父と話さなければ・・一生このままになってしまうかもしれない”
私は思い切って実家に電話しました。そして、父に代わってもらい、そこで「父さん、これまでありがとう・・・・・」と感謝の言葉を述べた。父の返事は”あ〜”と言っただけだった。そして、変化があったとは思えなかった。
 しかし、そうではなかった。2週間後、法事で実家に帰ったとき、10年ぶりに父は僕に「酒を飲もう」と勧めてきた。一緒に酒を飲みながら、子供頃の距離に少し戻れた気がした。小学校の頃、何でも両親に話し、そして自慢もした、不満も漏らした、そんな頃の距離に・・・・。この10年、父と僕とは雪が積もりそれが凍っていた距離だった。それが解け始めた、今それを実感しているところです。」

教室3ヶ月目の”感謝月間”「両親への感謝を言葉を言おう」を実践した体験記であり、内容的には一番共感を呼んだともいえる。
得票において3番目になったのは、他の2人に比べ、話し方が一本調子で平面的な印象を与えたからだと思われる。


42  深みが武器に・・

入賞スピーチ第3弾
西田輝道
【風景が人を哲学させる】
「僕は、法律を学ぶため京都の大学に入った。・・・・下宿の近くに哲学の道があった。京大、西田幾多郎先生が、この道を歩きながら哲学の思索にふけったといわれているところです。僕もよくここを歩いた。田舎ではないが、静かで落ち着いたワビ・サビを感じる風景だ。この雰囲気は僕を普段とは違う思索に向かわせた。それは道の名前の通り哲学でした。僕は法学から哲学科に専攻を変更した。それまで哲学のことをほとんど学んでこなかった僕には新鮮な驚きと、充実感があった。あの風景が無ければ、僕はそのまま法学を学んでいただろう。・・・学生時代といういぢばん多感な時期をあの風景の中で過ごせてよかった。・・・・以上、風景が人を哲学させる、というお話しでした・・・・」

百合子が社会人になって思う存分「哲学の話」の話を出来たのは、西田だけであった。
その原点を西田は語った。
哲学を題材にした堅い話を、聞き手に共感させた。それは、彼の人間的な深みが根になっていたといえるだろう。


43 敗因を振り返りながら・・・・

吉村と百合子、スピーチに関して、入賞者に勝るとも劣らない実力の持ち主であったが、仲良く?受賞を逃した。
その要因について、修了生越川は次のように記している。


吉村君は、コンテストの受賞について執着が無かった。
彼の目指すところは、ウケるこ=笑のあるスピーチ、であった。教訓的なことや人生前向きに、と言った、いわゆる”いい話”というのは聞くのは好きだったが、自分がしたいとは全く思っていなかった。
そして、得票を得るのはその”いい話”でであることも肌で感じていた。・・・・そういったことは別にして、彼は競争して勝ち取る、ということに闘志が湧かない・・・・そういう性格だったのだ。
ずば抜けていれば、それでも受賞3名の中に入っただろう・・・しかし、この期に関しては、力のそれは近い者が複数いた。その状況で闘志の有無は勝敗を分ける・・・・。



峰井さんの場合は、事情が全く違う。意欲は十分であった。
一言で言うと感情があふれ出すぎて、聴衆に伝え切れなかったのだ。
先週の模擬披露宴で彼女は全力を出し切り、参加者を大いに満足させた。そして、それ以上に自分が満足し、感謝し、充実感を覚えていた。
スピーチの際、それらの出来事が一つ一つ脳裏に浮かんでしまった。
設定で吉村とぶつかったこと・・司会者と微妙に意見が違いながら進行を組み立てたこと・・同級生たちの役を考えてそれを振ったときのこと・・、見学者が多数着てくれたこと・・・、見学者が賞賛してくれたこと・・・

そのことを全部言いたくなってしまう。それは3分では不可能なことだった。勢い、状況の説明が飛んでしまい、苦労、充実、感謝、喜び・・等々の気持ちを大半に述べてしまう結果となった。
聞き手はエピソードを知らなければその気持ちに共感することは出来ない。

大きな感動をスピーチするとき、当人はその感動に酔ってしまい客観的説明を忘れてしまう。・・これはスピーチの罠である。
彼女ほど聡明な女性にしてその罠に落ちてしまったのだ。


しかし、このクラス全体から考えれば結果的によかったのかもしれない、
彼女は模擬披露宴での主役、そして大活躍、あまりに際立っていた。
これでコンテストでも主役=優勝になれば、神様はあまりに不公平だもんナ!


44 エピローグ (彼女の企図)

このように模擬披露宴での主役は2人とも受賞なし終わった。
しかし、彼らのスピーチには定評があった。特に吉村は、ユーモアセンスが抜群で、話し上手な受講生からあこがれられる存在であった。
修了後も2人で教室に顔を見せることが多かった。その姿は本当の夫婦のような、うち解けた雰囲気があり、「夫婦同伴でうらやましい」とよく言われた。


しかし、その時期は長くは続かなかった。修了3ヶ月後にまず吉村が顔を見せなくなった。そして、それから1ヶ月後には百合子も見せなくなった。
顔を見せなくなったのと同時に別れたいたのだ。


原因は百合子の油断であったといえよう。
最初に惚れたのは吉村でだった。百合子は断然きれいであった、そして吉村はうだつが上がらない、一見そんな風であった。
そんな力関係?で、百合子がいつも主導権をとって意見や好みを通していた。
行きたいところも・・話題も・・逢う時間帯も・・・・


百合子はそれを普通のことと思っていた。
しかし、気づいていなかった。吉村という男は、つきあう時間が長くなればなるほど、魅力が分かってくる、ということを・・
そして、同級生には、百合子に勝るとも劣らない女性が2名いたことを・・・・・。

吉村は、修了間際の頃から人気が急上昇していた。
彼が、百合子に会わせていたのは、惚れていたからというのはもちろんあるのだが・・
彼の優しさ、そして、看病に来てくれたことを相当な恩義に感じていたから。

教室以外は、趣向や思考、話題が相当に違う彼女に会わせるのはストレスが溜まっていた。
そして、看病の恩義の倍程、彼女に尽くした、と見なした日、静かに百合子の元を去った。

百合子はそのとき初めて吉村の存在の大きさを知ったが、彼に連絡を取る術をもたなかった。引っ越ししてどこに行ったか分からなかったのだ。
百合子は教室は大好きであったが、このショックでぱったりと顔を見せなくなった。

教室は3ヶ月周期である。存在感の大きい2人であったが、新しい受講生は彼らを知らず、先生や古手の修了生だけの思い出の中になっていった。

百合子は、この後一度だけ教室に顔を見せた。
吉村との思い出を語って見たいと意図したものだ。
実際に教室(合同講義)の場に立つと、彼女は言葉にできなかった。・・・そして、スピーチは当たり障りのないものを語ってしまった。
しかし、彼女は誰かに知って置いてもらいたい、という気持ちも裏腹に持っていた。
そして、彼女がわずかに知っている古手の修了生=私の前近にスピーチ原稿をわざと落として途中で場を去った。

そう、プロローグで私が落とし物だと思っていた原稿は、実は私に拾わせた。
私がこれを読めば、その好奇心で2人ドラマを探り当て、放送好きの性格から、みんなに広めるだろう。
・・・とそこまで彼女は読んでいたように思えてくる。・・・最後になって私は彼女の手の平で踊っていたことに気づかされたのだった。


(完)




心に残るスピーチ 教室レポート 心のつぶやききに言葉を